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冠動脈疾患に対する薬剤溶出性ステント

再狭窄とは何か

 虚血性心疾患の治療には、薬物療法、冠動脈バイパス手術、経皮的冠動脈形成術(冠動脈インターベンション治療・PCI)があります。PCIでは現在までにバルーン(風船)で拡張する治療法、ステントと呼ばれる金属チューブを挿入する治療法が主に実施されてきました。ステントがPTCAのアキレス腱と言われてきた再狭窄を減少させることが報告されて以来,急性期の仕上がりの良さと急性冠閉塞に対する防止効果とが相まって,ステント植え込み術は広く冠動脈疾患の治療に応用されるようになってきました。しかしながら、従来のステント治療では20%~40%の頻度で再狭窄が起こり、再治療が余儀なくされており、この「再狭窄」を減らすことがステント治療において大きな課題となっていました。
 この再狭窄を本質的に解決すると大きく期待されているのが薬物溶出性ステントです。これは冠動脈ステントを構成するステンレスの金網の表面に再狭窄を予防する効果のある薬剤をコーティングしたものです。薬物溶出性ステントは、その頭文字をとってDES(Drug Eluting Stent薬物溶出性ステント)と略記されます。一方、従来のステントはBMS(Bare Metal Stent)と略記されています。Bareは「裸の、剥き出しの」という意味で、Metalはご存知のように「金属」という意味です。つまりBMSは薬物を塗っていない金属剥き出しのステントという意味です。
 再狭窄の最大の原因は血管平滑筋細胞の増殖です。この細胞の増殖をコントロールすることが再狭窄の予防につながるのです。この細胞増殖を抑制することが、再狭窄を減らす鍵です。そこで、抗がん剤や免疫抑制剤など細胞増殖を抑える薬剤の力を利用することが考えられました。しかし、これらの薬剤を全身的に投与すれば副作用の心配があります。細胞増殖を抑制したいのは冠動脈の治療をおこなった局所だけです。その局所に効率よく薬物を到達させ、全身的な影響を最小限にするように工夫されたものが、DESなのです。ステントの表面にコーティングされた薬剤が徐々に局所に溶け出して効果を発揮するのです。現在わが国では、シロリムス(sirolimus)、パクリタキセル(paclitaxel)、ゾタロリムス(zotarolimus)をコーティングしたステントが使用可能です。

薬物溶出性ステントの効果を実証する研究結果

シロリムス・コーティングステントを人間の患者さんに最初に用いた臨床研究が「FIM」と呼ばれる研究です。症例数は30例と少ないものの平滑筋細胞増殖による内腔の損失は極めて僅かでステント再狭窄を全く認めませんでした。2年を経た時点での成績も治療した部位以外の新規病変の進行による心筋梗塞、冠血行再建を1例に認める以外には死亡や血栓症などの有害事象の報告はありませんでした。また3年後の臨床報告でも、さらなる心血管の有害事象を認めませんでした。図にその中の一例を示します。
治療前治療直後48ヶ月後
左冠動脈の前下行枝への薬物溶出性ステントの植え込み。左から治療前、治療直後、48ヵ月後。48ヶ月の間に再狭窄は認められていない。(J & J社のホームページから)
「RAVEL」と名づけられた238症例の臨床試験が、欧州と中南米で行われました。118例の症例を通常のステント(BMS)に、120例をシロリムス・コーティングステント(DES)に無作為に割り付けて比較したものです。この臨床試験の結果は驚くべき好成績でした。シロリムス・コーティングステントを植え込んだ120例に再狭窄はまったく認められず、遠隔期の内膜増殖による内径の損失も認められず、したがって、再血行再建術を行う必要もなかったという理想的なものでした。  その後米国で「SIRIUS」と名づけられた1100例の患者さんによる臨床試験が行われました。「FIM」や「RAVEL」の結果は素晴らしいものでしたが、治療した部位の血管径や病変長などの病変因子、患者さんの基礎的な背景因子などが比較的再狭窄をきたしにくいとされる場合が多く、そのために結果が実際以上に良くでているのではという意見がありました。そのため糖尿病、多枝疾患、小血管、長い病変長などの比較的不利な背景を持つ患者さんを含めて研究対象としたのです。このように実際の医療の現場で出会う患者さんに近い患者群を対象にした研究という意味で「Real World」での研究と言われています。その結果は、治療から8ヶ月後に血管造影で調べた病変部の再狭窄率は8.9%と、従来のステントを用いた対照群と比べて75%低いものでした。再狭窄が皆無というものではありませんでしたが、従来のステントよりは圧倒的に優れた成績でした。

日本での現状と今後の課題

 本邦においても平成16年8月から薬物溶出性ステントが保険認可され、本格的に使用されるようになり再狭窄は従来のステントに比べて劇的に減少しています。しかし、何十年という長期的な安全性が明らかになっていないことや、ステントを植え込んだ後に血液を固まりにくくする薬(抗血小板剤)を強く長く内服する必要がある、など問題点が全くない訳ではありません。この問題点を明らかにし解決することも我々の使命の1つです。そこで京都大学循環器内科は、倉敷中央先生の光藤先生や、全国の代表的な病院の先生方と「j-cypher」という研究を行なっています。これは日本人における薬物溶出性ステントの安全性と有効性を検討するための研究です。研究といっても患者さまを実験台にするようなものではありませんので安心してください。調査研究といって皆様の治療成績を登録して調べるだけですので、研究に協力いただいたからといって治療の内容に変化したりすることはありません。多くの患者さまにご協力いただいて研究を進めており、現在治療成績などを解析しているところです。

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